観客から見た落語家―極私的落語入門―
先日、あるミニコミ誌で落語に関する取材を受けた時に、「寄席へ初めて行く人が、落語を楽しむときのポイントを教えて下さい」という質問があった。
その時はとりあえずオーソドックスに、「寄席に出ている芸人の中から、自分の好きな落語家を見つけることが大事じゃないでしょうか」と答えたが、そもそも自分はどんな落語家が好きかすら、よくわからない人もいるだろう。
今回はそんな寄席初心者に向けて、いや初心者からマニアまで楽しめる落語入門を私の独断で書いてみることにする。
寄席というのは面白い所で、15分~20分の間にいろんな芸人が(もちろん色物を含めて)入れ替わり立ち替わり出てくるから、2~3時間観ていれば、たいていは自分の好きな芸人に出会うことが出来る。寄席はいわば芸人のショーケースなのだ。
観客の好みは千差万別で、古典をしっかりやる落語家が好きだったり、新作が好きだったり、陽気な噺家が好きだったり、着物の着こなしの上手い人が好きだったり、一席終わった後の踊りが好きだったり、高座で歌う人が好きだったり‐それじゃ馬風師匠か川柳師匠だ‐、とにかくいろんな好みがある。
私は出演する立場なので、客がどのようなものを落語家に求めに来るのか、考えてしまう事がある。まぁ考えたところで、個々の細かい嗜好まではわかりっこないのだけれど、それでもおおざっぱに分けることはできる。「上手い落語家」が好きな人と、「面白い落語家」が好きな人だ。
「上手い落語家」というのは、突き詰めていくと、いわゆる「名人」ということになる。数年前に亡くなった、私の大好きな古今亭志ん朝師匠がそうだった。
私は芸人になる前、今はなきイイノホールで志ん朝師匠の「愛宕山」を聴いて、そのあまりの上手さに呆然となったことがある。落語家の前座になってから、国立演芸場で聴いた「五人廻し」もそうだった。だから、「上手い落語家」の噺をいっぱい聴いてみたいという人の気持ちはよくわかる。
一方、「面白い落語家」が好き、という人もいる。これは落語を古典芸能ではなく、笑いの一種と捉えている人達で、私なんかはどちらかというとこっちの立場に近い。昔の落語家で言うと、林家三平師匠やうちの師匠柳昇、今で言ったら昇太師や桃太郎師、川柳師匠などがそうだ。
「上手い」と「面白い」は、もちろん重なる部分もあるので、総ての噺家をこの二種類に無理やり押し込むというのは乱暴ではある。しかしいずれにせよ、一人の落語家が成長していくにつれ、この二つのタイプのどちらかを目指すのは間違いない。
まぁ寄席に見に行かれる方は、自分の好きな落語家がどちらのタイプなのか分析してみたら、より落語を深く理解できるのではないかと思う。
ここで面白いのは、落語を聴く人と落語家の思惑が必ずしも一致しないことである。客から見たらあきらかに「面白い落語家」なのに、自分は「上手い落語家」を目指している人がいたり、「上手い落語家」になれる素質があるのに「面白い落語家」を目指している芸人がいたり。
中には「上手い落語」・「面白い落語」が出来ないにもかかわらず、「上手い落語家」・「面白い落語家」を目指す、なんて人もいるかもしれない。もっともそれはそれで妙な味があり(『フラ』っていうのとはちょっと違うと思うが)、ファンがついたりして、ここらへんが落語という芸能の懐の深さなんだろう。都内にプロの噺家が何百人といても、みんな何とかやっていける所以だ。
偉そうに書いてしまったけど、私の場合はどうなんだろう。「面白い落語家」を目指しているのは間違いないが、それを判断するのは寄席に観に来る人だしなぁ。
というわけで、まだ私の落語を聴いてない人は、12月27日の「ハリウッド寄席」に来て判断して下さい! 最後はちゃっかり宣伝して終わります。
(※本文と写真は関係ありません。)
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